「エンバーミング」という言葉を耳にしたことはありますか?
大切な故人様との最期のお別れを、安らかなお姿で迎えるために近年注目される処置方法ですが、
「どんなことをするの?」
「本当に必要なの?」
「費用はどれくらい?」
といった疑問や不安を抱える方は少なくありません。
ご遺体の状態や火葬までの日数、遺族の希望によっては、エンバーミングが最適な選択となることもあれば、そうでない場合もあります。
今回の記事では、現役の葬祭ディレクターである私が、エンバーミングの基本的な定義から目的、具体的な処置の流れ、費用相場、そしてご遺族にとってのメリットまで、エンバーミングに関するあらゆる疑問を網羅的に解説します。
これを読めば、エンバーミングについての正しい知識を身につけ、後悔のない選択をするための第一歩を踏み出せるでしょう。
エンバーミングとは?その意味と現代における役割
「エンバーミング」という言葉は聞いたことがあっても、具体的に何を意味し、どのような目的で行われるのかを正確に理解している方は少ないかもしれません。
エンバーミングの基本的な知識と、現代社会においてどのような役割を担っているのかを解説します。
「遺体衛生保全」という専門処置
エンバーミングとは、ご遺体を洗浄・消毒し、腐敗の進行を抑制する防腐処置。さらに事故などによる損傷箇所の修復、お顔のメイクアップから衣装の着せ替えと納棺までを行う「遺体衛生保全」の専門処置のことです。
日本ではIFSA(一般財団法人日本遺体衛生保全協会)の認定を受けた「エンバーマー」という専門資格者が、専用の施設(エンバーミング施設)で施術します。
エンバーミングを商品として販売する葬儀社では、ご遺族様が故人様を安らかな姿で、時間をかけてお別れできる新しい選択肢として案内しています。
単にご遺体を保存するだけでなく、ご遺族の心のケアにも繋がる、非常にデリケートで専門性の高い処置だと言えるでしょう。
日本におけるエンバーミングの現状と普及率
エンバーミングの歴史は古く、特に欧米では一般的な処置として広く普及しています。
しかし、日本では火葬文化が根付いていることもあり、その歴史は比較的浅く、近年になってようやく注目されるようになりました。
現在の日本には約300名のエンバーマーが活躍しており、2024年の時点で全国に約90カ所のエンバーミング施設が存在します。
2024年の死亡者数約161万8千名に対し、エンバーミングの実施件数は約8万2千件と、普及率は約5%に留まっています。
この数字からもわかるように、多くのご遺体に施される一般的な処置ではありません。
ただし、火葬場不足による待機期間の長期化や、故人様の生前の姿をより良い状態で維持したいというご遺族の希望、エンバーマーの増加に伴い、その件数は増加傾向にあります。
特に都市部では、火葬まで数日以上待つケースも珍しくなく、ご遺体の状態維持のためエンバーミングを提案する業者が増えています。
エンバーミングとよく比較される処置に「湯灌(ゆかん)」があります。
故人様を清め、旅立ちの身支度を整えるという共通の目的を持ちますが、処置の内容や目的、費用は大きく異なります。
それぞれの違いと最適な選択をするためのポイントは、以下の記事で詳しく解説しています。
▶︎ 関連記事:エンバーミングと湯灌で後悔しないための全知識
エンバーミング処置の全プロセスと期待できる効果
エンバーミングがご遺体にどのような処置を施し、どのような効果をもたらすのかは、多くのご遺族が最も知りたい点の一つでしょう。
ここでは、エンバーミングの具体的な処置の流れを順を追って解説するとともに、処置によって期待できるご遺体の状態、保存期間について詳しくご紹介します。
処置の具体的な流れ(洗浄、防腐、修復、身支度)
エンバーミングでは、ご遺体を切開する外科的な処置を伴うので、施術を行う前にはご遺族の書面による同意が必要です。
同意書を通じて処置内容を詳細にご説明し、ご遺族様が納得された上で進めることを葬儀社では徹底しています。
通常3~4時間かけて行われますが、ご遺体の状態によってはさらに時間がかかることもあり、一般的な処置の流れは以下の通りです。
- 搬送:ご遺体を安置場所からエンバーミングセンターまで搬送して着衣を脱がせます。
- ご遺体の洗浄・消毒: ご遺体の口腔・鼻腔を含めて全身を洗浄・消毒、殺菌を行い、臭いの発生を抑え、感染症対策を施します。
- 外見を整える:ご遺族の希望によりヒゲ剃り、産毛剃りを行う。含み綿などでご遺体の表情を整え、目と口を閉じます。 事故などにより損傷があれば、専門技術を用いて修復し、生前の姿に近い状態に整えます。
- 防腐剤の注入と体液の排出: ご遺体の動脈の一部を切開して防腐効果のある薬剤を注入し、静脈から血液を排出。腹部も切開して胸腔・腹腔の体液や消化器官内の残存物を排出することで、腐敗の進行を根本的に抑制します。
この外科的な処置は、エンバーミングの最も重要な工程です。
この点をご遺族が心理的な抵抗を感じることもあるため、私たち葬祭ディレクターは事前説明を非常に丁寧に行います。 - 最終処置:切開した部分を縫合した後、再度洗浄します。
- ご遺体の身支度: ご遺族の希望に合わせて、お顔のメイクアップ(ラストメイク)や、お着替えを行います。故人様が生前愛用していた服を着せることも可能です。
- 搬送:棺に納めて式場や自宅など、希望する場所に搬送します。
ドライアイスは不要?エンバーミングがもたらす長期保存効果と期間
エンバーミング処置されたご遺体は、ドライアイスを使用することなく、長期間にわたって腐敗を抑制し、良好な状態を保つことができます。
ご遺族が火葬までの間、ご自宅や安置施設でゆっくりと故人様と向き合う時間を持てるのが大きなメリットです。
IFSA(一般財団法人日本遺体衛生保全協会)の基準では、エンバーミングによるご遺体の保全期間は最長で50日と定められています。
この期間内であれば、ご遺体の状態を安定して維持できるため、遠方からの親族の到着を待つことや、ゆっくりと葬儀の準備を進めることが可能になります。

葬儀の打ち合わせでは
「自宅でゆっくりと過ごしたい」
「生前の元気だった顔に近づけたい」
というご遺族の要望から、エンバーミングを選ぶ方が増えています。
エンバーミングにかかる費用相場と支払いについて
エンバーミングを検討する際に、その費用は大きな懸念材料となります。
高額なイメージがあるこの処置が、実際にはどのくらいの費用がかかるのか、そしてその費用には何が含まれているのかを明確に理解しておくことは、後悔のない選択をする上で不可欠です。
エンバーミングの全国的な費用相場と、その内訳、支払いに関する一般的な知識を解説します。
全国的な費用相場と料金の内訳
エンバーミングにかかる費用は、一般的に15万円~25万円が相場とされています。
この価格はIFSAが定めた基本料金であるため、地域でなく、依頼する業者間による差が大きく影響し、主に以下の内容が含まれています。
- エンバーミング処置費用: 専門資格を持つエンバーマーによる処置全般(洗浄、消毒、防腐剤注入、体液排出、修復、メイク、着せ替えなど)
- 薬剤費: 防腐剤や修復に使用する薬剤の費用
- 施設使用料: エンバーミング専用施設の利用料
- 搬送費: エンバーミング施設へのご遺体の搬送費と、施設から葬儀会場や安置施設への搬送費
葬儀社により搬送費は別途請求されることもあるので、見積もりの際に確認しておくことが重要です。
ご遺体の状態により追加費用が生じることもあります。
より詳細な費用相場や高額請求を避けるポイントについては、以下の記事で詳しく解説します。
▶︎ 関連記事【最新版】エンバーミングの費用相場と内訳|高額請求を避けるポイント
葬儀プランとの関係性(追加費用か、含まれるか)
エンバーミングの費用が、基本プランに最初から含まれているケースは稀です。
普及率が5%程度で20万円前後と高額な費用がかかるので、葬儀プランとは別途でオプションとして計上されるのが一般的です。
ほどんどの葬儀社では基本プランに含めず、ご遺族の希望に応じて提案する形を取っています。
見積もりを確認する際は、エンバーミングがどの項目に含まれているのか、追加費用として明確に提示されているかをよく確認しましょう。
私個人の経験からすると、葬儀の打ち合わせで「ご遺体の状態維持のため」としてエンバーミングを勧められることが多いのですが、その際に切開するなどの外科的処置、費用の説明が不十分なまま話が進んでしまうケースも見受けられます。
必ず詳細な見積もりを確認し、納得した上で判断することが大切です。
エンバーミングの主なメリットと知っておくべきこと
エンバーミングは、ご遺族に多くのメリットをもたらす可能性があります。
特に、故人様との最後の対面をより良い形で迎えたいと願う方々にとって、その効果は計り知れません。
ここでは、エンバーミングを施すことで得られる主なメリットと、知っておくべき点を具体的に解説します。
ご遺族にとっての心理的・物理的メリット
エンバーミングの最大のメリットは、故人様を安らかな姿でゆっくりと見送ることができる点にあります。
- ご遺体の長期保存: ドライアイスなどによる冷却が不要となり、ご遺体の腐敗の進行を抑制します。これにより、火葬までの日数が長く空く場合でも、故人様の状態を良い形で保つことができ、遠方の親族が到着するまで十分な時間的余裕を持ってお別れができます。
- 生前の姿の維持・再現: 事故などで損傷が激しい場合、闘病で非常にやつれた場合でも、専門のエンバーマーが修復処置を施すことで、生前の面影を取り戻し、安らかなお顔の故人様と再会することが可能になります。旅立ちの衣装への着せ替えや、ナチュラルなメイクアップも行われるため、より故人らしい姿でお別れができます。
- 感染症の予防: ご遺体を殺菌・消毒する処置が含まれるため、感染症のリスクが低減されます。これにより、ご遺族は安心して故人様に触れ、最後のお別れをすることができます。
- 遺族の心のケア(グリーフケア): きれいな姿で故人様と対面し、ゆっくりと時間をかけてお別れできることは、ご遺族が故人の死を受け入れ、悲しみを乗り越えていく上での大切な心の支えになります。
私自身もエンバーミングを施された故人様と対面したご遺族が、安堵の表情を浮かべる姿を何度も見てきました。
故人の尊厳を守るという側面
エンバーミングは単にご遺体の状態維持だけでなく、故人様の尊厳を守るという重要な側面も持ち合わせています。
生前の故人様の面影を尊重し、最期まで美しく、安らかな姿でお見送りすることは、ご遺族の深い愛情表現の一つでしょう。
長期間の安置が必要な場合、ご遺体が損傷している場合において、故人様を生前に近い姿に保てることは、ご遺族に安心感をもたらします。
しかし、エンバーミングには高額な費用、説明不足による誤解、あるいは意図しないトラブルに繋がるケースも残念ながらゼロではありません。
誤解やトラブルを避けるために同意書による説明と署名が必須ですが、下記のように適切に運用されていないケースが問題になっています。
#遺体衛生保全自主基準 第1章1. ②には「依頼書への遺族による自署」が明記されている。代理署名は想定外。一般的には代筆するにしても委任状が必要だがそれもなし。それ以前に当時私は憔悴はしていたけれども署名ができないほどではなかった。
— mosrite 💙💛 owner (@mosriteowner) September 25, 2025
(画像は2025/9/25 #おはよう日本 から) https://t.co/xLULmFaz5F pic.twitter.com/YuEhKm8zdI
後悔しないための具体的な注意点や回避策、実際にあった口コミ事例については、以下の記事で詳しく解説しています。
▶︎ 関連記事:【口コミ分析】エンバーミングで後悔・損する理由と回避策
まとめ
エンバーミングは、ご遺体を洗浄・消毒し、腐敗抑制のための防腐処置、修復、メイクアップなどを行う「遺体衛生保全」の専門処置です。
まだ日本の普及率は約5%と低いですが、その効果とメリットから近年注目が高まっています。
今回の記事では、エンバーミングの基本的な定義から、具体的な処置の流れ、費用相場、そしてご遺族にとってのメリットまでを詳しく解説しました。
- エンバーミングとは、専門資格を持つエンバーマーによる専門処置であり、ご遺体を長期保存し、生前の姿に近づけることが目的です。
- 処置は外科的な側面を持ちますが、ご遺族が安心してお別れするための感染症予防や修復効果も期待できます。
- 費用は15万円~25万円が相場であり、葬儀プランとは別途で請求されることが一般的です。詳細な費用については、こちらで詳しく解説しています。
- 最大のメリットは、故人様を安らかな姿で、ゆっくりと見送ることができる点にあります。
エンバーミングを選択するかどうかは、ご遺族の状況や故人様の状態、そして費用とのバランスを考慮して慎重に判断することが重要であり、親族との合意も不可欠です。
この情報が、あなたが故人様にとって最善の選択をする一助となれば幸いです。
・湯灌との比較検討はエンバーミングと湯灌で後悔しないための全知識
・利用後のトラブルや後悔を避けるための具体的な対策は【口コミ分析】エンバーミングで後悔・損する理由と回避策
上記の記事をご参照ください。
今回の記事について、ご不明な点・より詳細な説明が必要な方はお問い合わせフォーム、下記のコメントよりお問い合わせください。
また同業者の方、エンバーマー、納棺師の方でご指摘やご意見があれば聞かせてください。
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