大切な故人様との最期のお別れを前に、「エンバーミング」や「湯灌(ゆかん)」という言葉を耳にすることがあるでしょう。
どちらも故人様の体を清めて、旅立ちの身支度を整えるという共通の目的を持ちますが、その処置内容、目的、そして費用には大きな違いがあります。
「故人のために何が最善なのか?」
「本当に必要なのはどちらなのか?」
上記のような疑問を感じる方も少なくありません。
今回の記事では、現役の葬祭ディレクターである私が、エンバーミングと湯灌・ラストメイクの決定的な違いを徹底比較。
それぞれの特徴やメリット・デメリットを分かりやすく解説し、ご遺族が故人様にとって後悔のない選択をするための判断基準を紹介します。
エンバーミングと湯灌・ラストメイクの決定的な違い
エンバーミング、湯灌、そしてラストメイクは、故人様を整えるという共通の側面を持ちながらも、その根本的な目的や処置内容が大きく異なります。
それぞれの違いを正確に理解することが、後悔しない選択への第一歩となります。
エンバーミング:遺体衛生保全の専門処置
- 目的: ご遺体の洗浄、消毒、腐敗抑制のための防腐処置、損傷箇所の修復、そして身支度までを行う「遺体衛生保全」が主な目的です。ご遺体を長期間良好な状態で保つことを重視します。
- 施術内容: 専門資格を持つエンバーマーが、専用施設でご遺体を切開し、体液を防腐剤と入れ替える外科的な処置を伴います。
- 詳細: エンバーミングの内容や具体的な流れについては、以下の記事で詳しく解説しています。
▶︎ 関連記事:【専門家解説】エンバーミングとは?目的・費用・メリット・流れのすべて
湯灌(ゆかん)・ラストメイク:故人を清める旅立ちの儀式
- 目的: ぬるま湯で故人様の体を丁寧に清め、身支度を整えることで、生前の煩悩を洗い流し、安らかに旅立たせるための宗教的・儀礼的な意味合いが強い処置です。
濡れタオルで体を清める古式湯灌は、以前は納棺師でなく家族が行っていました。 - 施術内容: 納棺師やご遺族が、ご遺体の清拭、洗髪、着せ替え(白装束など)、死化粧(ラストメイク)を行います。外科的処置は伴いません。
- ラストメイク: 故人様の顔や身なりを美しく整えることに特化したサービスです。
専門の納棺師が湯灌の一部として行うこともあります。
費用・場所・時間の比較表で一目瞭然
エンバーミングと湯灌・ラストメイクの主な違いを以下の表にまとめました。
エンバーミング | 湯灌・ラストメイク | |
目的 | 衛生保全・腐敗防止・修復 | 外見を整える |
費用 | 15万~25万円前後 | 5万~10万前後 |
処置内容 | 外科的処置(血液を防腐剤と入れ替え等) 殺菌・洗浄・着せ替え・化粧 | 清拭・洗髪・着せ替え・化粧 (非外科的処置) |
場所 | 専用施設 | 自宅や式場 |
時間 | 3~4時間*ご遺体の状態で変動 | 1時間前後 |
どちらを選ぶべき?それぞれの特徴と役割
エンバーミングはご遺体を長期的に安定した状態に保ち、外見まで修復する「技術的な処置」である一方、湯灌・ラストメイクは故人様への最後の奉仕として「心のケア」や「儀式」としての意味合いが強いと言えます。
どちらが優れているかではなく、ご遺族の状況や故人への想い、そしてご遺体の状態によって最適な選択は異なります。
本当にエンバーミングは必要?判断基準とケーススタディ
エンバーミングは必要な方には「依頼してよかった」と満足していただけるサービスですが、すべてのご遺体に必要というわけではありません。
故人様に最善の選択をするために、「本当に必要か?」と判断する基準を知っておきましょう。
エンバーミングが必要とされる具体的な状況(ご遺体の状態、安置期間、感染症)
以下のいずれかに当てはまる場合は、エンバーミングが特に有効な選択肢となります。
- ご遺体の状態が悪い場合: 事故などで損傷が激しい、口・目・耳からの吐出が多く納棺師の処置で止められないなど、ご遺体の状態が悪い場合。
エンバーマーの修復処置により、安らかなお顔を取り戻し、ご遺族が心穏やかにお別れできる可能性があります。 - 長期間の安置が必要な場合: 火葬場が混雑しているなど葬儀まで1週間以上にわたり、ご自宅や安置施設で故人様を安置する場合。ドライアイスに頼らず、ご遺体の腐敗を抑制できます。
- 感染症を予防したい場合:故人様が感染症で亡くなられた場合や、ご遺族が安心して故人様に触れてお別れしたいと希望する場合。エンバーミングの消毒処置により、感染リスクを低減できます。
- 海外への搬送: 法律でエンバーミングが義務付けられている国もあります。
湯灌・ラストメイクで十分なケースと費用対効果
上記の「エンバーミングが必要とされる具体的な状況」に当てはまらない場合、多くのケースでは湯灌・ラストメイクと、ドライアイスによる適切な処置で十分に故人様のお顔を安らかに保つことができます。
「ご遺体をぬるま湯で温めると腐敗が進行する」と危惧される場合は、濡らしたタオルで故人の体を拭き清める古式湯灌で対応するので、過度な心配は不要です
火葬まで数日程度であれば、湯灌とドライアイスによる処置で十分に間に合うことがほとんどです。
エンバーミングは費用も高額になりますので、ご遺体の状態やご遺族の希望、そして費用対効果を冷静に判断することが大切です。
これらのケースに当てはまらない場合、多くのケースではドライアイスと納棺師による処置で十分に故人様のお顔を安らかに保つことが可能です。
後悔しないためエンバーミングか湯灌の選択時の注意点
エンバーミングか湯灌を選ぶ際には、後悔しないためにもいくつか注意すべき点があります。
特に費用や葬儀社の対応については、打ち合わせの際に把握しておくことが重要です。
費用を正確に把握する重要性(不要な計上に注意)
エンバーミングは湯灌よりも高額なサービスです。
火葬まで3日程度にも関わらず強く勧められた場合は、葬儀単価を上げる目的がある可能性も考慮しましょう。
エンバーミングでは、ご遺体の保全処置・着せ替えはエンバーマーが行うため、原則として湯灌・ラストメイクやドライアイスの費用は基本的に不要となります。
見積書をよく確認し、これらの費用が重複して計上されていないか、搬送費などの詳細が不明瞭でないかを確認しましょう。
エンバーミングのより詳細な費用相場や、高額請求を避けるための具体的なポイントについては、以下の記事で詳しく解説しています。
▶︎ 関連記事:【最新版】エンバーミングの費用相場と内訳|高額請求を避けるポイント
親族と相談する
エンバーミングはご遺体を切開する外科的な処置のため、ご遺族の文書による同意が必要です。
また、葬儀費用に占める割合も高くなるので、親族間での合意形成が重要になります。
葬儀の準備は時間との戦いでもありますが、後々のトラブルやわだかまりを避けるためにも、親族と十分に話し合い、全員が理解した上で最終的な判断を下すようにしましょう。
葬儀社の対応を見極めるポイント
「ご遺体が傷む」「腐る」といった過激な言葉で不安を煽る葬儀社(担当者)には注意が必要です。
ほとんどの場合、低温管理できる安置施設と納棺師による処置で十分に対応できます。
私は現役の葬祭ディレクターとして、本当にエンバーミングが必要なご遺体には強くお勧めしますが、そうでない場合は湯灌・古式湯灌やドライアイスでの対応を提案します。
ご遺族が衣装を持ち込めば衣装代を抑えることができるなど、費用を抑えるための最善のアドバイスも行います。
「エンバーミングは不要」と主張する業界関係者もいるので、複数の葬儀社(3社ほど)から話を聞き、それぞれのメリット・デメリットを丁寧に説明し、ご遺族の不安に寄り添ってくれるかどうかを見極めることが、結果的に無駄な費用を払い、後悔するのを防ぐ最善策となります。
トラブル事例や葬儀社の見極め方については、以下の記事でも詳しく解説していますので、ぜひご参照ください。
▶︎ 関連記事:【口コミ分析】エンバーミングで後悔・損する理由と回避策

複数の葬儀社に相談するのは、手間がかかるけど、とても大切。
故人様のため、そしてご遺族が後悔しないために、勇気を出して話を聞きましょう。
まとめ
エンバーミングと湯灌は、故人様との最期のお別れをより良いものにするための大切な選択肢です。
しかし、その目的や処置内容、費用は大きく異なり、どちらを選ぶべきか迷うこともあるでしょう。
2024年時点で、日本の死亡者数に対しエンバーミングの実施率は約5%です。
この数字からもわかるように、エンバーミングはすべての方に必要な一般的な処置ではありません。
葬儀社の都合でエンバーミングは案内されるかもしれません。
今回の記事では、エンバーミングと湯灌の決定的な違い、そして故人様にとって本当に必要な選択をするための判断基準と注意点を解説しました。
- エンバーミング: 衛生保全と腐敗防止・修復が主目的の専門的な外科処置。費用は高額で、専用施設で行われます。
- 湯灌・ラストメイク: 故人を清め、安らかな姿で送る儀式的な非外科的処置。費用はエンバーミングより安価で一般的な選択肢です。
- 選択の基準: ご遺体の状態、長期安置の必要性、感染症の有無、費用効果などを考慮し、本当にエンバーミングが必要かを見極めることが重要です。
- 後悔しないために: 費用を正確に把握し、不安を煽る葬儀社に注意し、親族とよく相談して同意を得ることが不可欠です。
この情報が、故人様とご遺族にとって最適な、後悔のない選択をする一助となれば幸いです。
今回の記事について、ご不明な点・より詳細な説明が必要な方はお問い合わせフォーム、下記のコメントよりお問い合わせください。
また同業者の方、エンバーマー、納棺師の方でご指摘やご意見があれば聞かせてください。
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